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「涅槃の雪 茶番白洲|隠売女大手入|」

【人】

高安門佑(たかやすもんすけ)。主人公。北町奉行所の五番組で吟味方を務める与力。

【人】

一平(いっぺい)。今年二十三。ひと月前、十手を引き継いだばかりの目明かし。

【物】

萌黄房の十手(もえぎぶさのじって)。

【色】
【場所】

金杉橋。現在も存在する橋。JR浜松町駅と芝公園の中間あたりに位置する。

【人】

雪花(ゆきはな)。金杉橋の上で空に向かって手を伸ばしていた女。

【時代】

天保十一年。西暦1840年。江戸に幕府が1603年に開かれてから237年後の江戸。1868年に江戸時代が終わる28年前。

【人】

遠山左衛門尉景元(とおやまさえもんのじょうかげもと)。北町奉行。いわゆる遠山の金さん。

【役職】

P15。年番方与力(ねんばんかたよりき)。町奉行所は北と南と二つあった。それぞれの奉行所に与力は25人、同心は100〜120人所属していた。与力の中も年番方、吟味方、例繰方、などおよそ30程度の掛(かかり)に分かれていた。
年番方はその筆頭で首席。(「imidas 時代劇用語指南『与力(よりき)/同心(どうしん)』」より)

【人】

P15。北村弦左衛門(きたむらげんざえもん)。年番方与力。五十をとおに過ぎる。門佑の上司。

【役目】

P17。内与力(うちよりき)。奉行が自分の家臣の中から奉行所に入れる部下のこと。

【人】

P18。安房殿(あわどの)。遠山の前任の北町奉行。

【人】

P20。栗橋貢輔(くりはしこうすけ)。内与力の中の目安方を務める三人のうちの一人。まだ二十代に見える若い侍。

【人】

P21。遠山景晋(かげみち)。景元の父。五百石の旗本。遠山家に養子に入ったが、その後先代(景晋の義理の父)に実子が出来た為、この子を自分の養子とし、実子の景元ではなくこの養子を跡継ぎとした。詳しくはWikipedia「遠山景元」の項を参照のこと。

【人】

P23。十一代家斉(じゅういちだいいえなり)。徳川家十一代将軍徳川家斉。将軍在任1787年〜1837年。

【人】

P24。根岸肥前守鎮衛(ねぎしひぜんのかみやすもり)。根岸様。文化(1804年〜1818年)の頃、名奉行と謳われた。

【人】

P28。東丈七太夫(とうじょうしちだゆう)。北町奉行四番組の年番方与力。

【人】

P28。東丈七太郎(とうじょうしちたろう)。七太夫の息子で、同じく北町奉行四番組の年番方与力。

【人】

水野越前守忠邦(みずのえちぜんのかみただくに)。老中首座。浜松藩主。

【人】

芳の井(よしのい)。三厨屋という茶屋の遣手。

【役職】

遣手(やりて)。

吉原の妓楼(ぎろう)には、必ず遣手と呼ばれる女性がいました。彼女たちは、楼主に代わって、遊女たちのしつけや勤めぶりを監督する役割でした。多くは元遊女で、年配の女性や年寄りが多いことから、遣手ばばあなどとも呼ばれます。
客と遊女との仲介をするのも、重要な仕事でした。遊びに来た客を品定めして、値段や時間の交渉、食べ物などの手配も遣手が行いました。難しい役割であり、経営に大きく関わることから、楼主から信頼のあつい者が選ばれたようです。

和樂Web「漢字クイズ!「遣手」ってなんて読む?江戸の遊郭・吉原で生まれた言葉なんです」

『明鳥雪惣花』 山東京伝 国立国会図書館デジタル
中央の遣手が、遊女と恋仲になった男との密会に現れて、二人を引き離す場面。

【人】

卯乃(うの)。雪花(ゆきはな)という名の女郎だった。

【事件】

明暦の大火(めいれきのたいか)。1657年に起き、江戸の大半を焼いた大火災。この火災をきっかけにして元々現在の日本橋人形町辺りにあった幕府公認の遊郭「吉原(元吉原・葭原とも)」は、浅草浅草寺の裏手に移転する。移転した後の吉原を新吉原と呼ぶのはこのため。

【人】

矢部定謙(やべさだのり)。次期南町奉行。

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